イベント / 映画 / 演劇・ダンス / 音楽 / ビジュアルアート / 文学 / その他

ユダヤ人を救ったポーランド人を知る シリーズ③イレナ・センドレル

イベント, その他

56b3212499a03

イレナ・センドレル(旧姓クシジャノフスカ)は、1910年にワルシャワ近郊のオトフォツクで生まれた。父は医師。第二次世界大戦でナチス・ドイツの占領が始まると、彼女は抵抗運動に加わり、ワルシャワ・ゲットーが作られる前から、ユダヤ系の同胞を援助する活動を行っていた。ダヴィデの星の腕章をつけ、女性同志たちとゲットーに出入りし住民を看護。救出した子どもについては、身分証を偽装して持たせながらも、将来彼ら自身が自分は何者で親は誰なのかが分かるよう、本名との対応リストを作り、ビンに詰めて埋めるなどした。1942年にポーランドの地下組織「ユダヤ人救済委員会【ジェゴタŻegota】」が結成されると、コードネームを「Jolanta」とし、子ども救済部長となった。43年10月、密告を受けたゲシュタポにより逮捕、パヴィアク刑務所女性等に収容される。ジェゴタは高額の賄賂を払い、イレナを救出。釈放後も「クララ・ドンブロフスカ」の偽造身分証により活動継続。

1954年以降は医療・福祉関係の複数の学校で副校長を務め、63年に初めて対戦中のユダヤ人救出活動について文章を公表した。

1965年にイスラエルのヤド・ヴァシェム研究所により、「諸民族の中の正義の人」メダルを授与される。

2003年には、ポーランド共和国最高位の「白鷲勲章」を授かる。2007年には、子どもたちの請願により、微笑み勲章を受ける。2006年には、レフ・カチンスキ大統領が、彼女をノーベル平和賞候補として推薦。

イレナ・センドレルは2008年5月12日に死去。亡くなるまで、「自分にはもっと多くのことができたはずだったのに」と言っていた。
2017年6月、ポーランド共和国下院は、2018年を「イレナ・センドレル記念年」とする決議を行った。「一人の人間を救済するために、全てを捧げた女性を讃えて」

ポーランド広報文化センターでは、2018年3月にNPO法人フォーラム・ポーランドと共催でイレナ・センドレルに関するシンポジウムを開催しました。

 DSC_3861

ユダヤ人を救ったポーランド人を知る シリーズ

①ヤン・カルスキ;http://instytut-polski.org/%e6%9c%aa%e5%88%86%e9%a1%9e/8640/
②ヴィトルド・ピレツキ;http://instytut-polski.org/event/8670/

ニュースレター

ポーランド広報文化センターからのお知らせや、各種イベントの情報を電子メールにて配信いたします。
おおよそ1ヶ月に1回の発行を予定しております。ご登録はこちらから(無料)。