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ポーランド王の洗礼から1050周年

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ポーランドのキリスト教受容1050周年

ポーランドのキリスト教受容1050年周年記念上下院総会

ポーランドのキリスト教化とポーランド建国から1050年目を記念する歴史的な上下院議員総会が、アンジェイ・ドゥダ ポーランド共和国大統領臨席の下、ポズナンで開かれました。

「ミェシュコⅠ世の洗礼は、ポーランド国家と民族の全史を通じて、最も重要な出来事です。私は過去形で『出来事でした』とは言わず、現在形で『出来事です』と申し上げたいと思いまう――なぜならば、我が国の歴史上最初の君主の決断が、その後の我が国の未来の総体を決めることになったからです。キリスト教の遺産は今日に至るまで、ポーランドと私たちポーランド人一人一人の運命を形作っています」とアンジェイ・ドゥダ大統領は声明文の中で述べました。
上下院総会、すなわち、上院・下院共同の国会会議がワルシャワを離れた場所で開かれたのは、歴史上初めてです。国家元首と国会議員の他、総会には、ベアタ・シドウォ首相はじめとする内閣閣僚、ポーランド司教団メンバー、欧州諸国の議会・大使館代表などが出席しました。
「これはポーランドの大いなる祝祭であり、私たちの誇りと喜びの源です。ポーランド全土でこれから数か月にわたって続きます。教皇フランシスコの初めてのポーランド訪問とワールドユースデー(WYD)がそのクライマックスとなることでしょう」とドゥダ大統領は述べました。そして、「これは、私たちが力を合わせて、私たちを結びつけているキリスト教に発する価値に従って行動するならば、私たちポーランド人は、偉大で重要な事柄を成し遂げられるという、将来への教訓でもあります。」

行事の一部として、上下両院の承認した決議文が厳かに読み上げられました。決議文では、「ポーランド国家の創始者たち、そしてわが国民の自己同一性を定めた原則を忠実に守った、すべての世代のポーランド人への感謝」が表明されました。「共和国の栄枯盛衰の長い歴史の中で、ポーランド民族が生き永らえてこられたのは、精神力の賜物であり、聖人ヴォイチェフ司教から福者イェジ・ポピェウシュコ司祭に至る殉教者たちが示した模範の賜物である」ことが強調されました。
ポーランドのキリスト教化1050周年は、4月14日にグニェズノと(ミェシュコⅠ世が洗礼を受けたとされる、グニェズノ近郊レドニツァ湖上にある)オストルフ・レドニツキ島で開幕しました。4月16日にはポズナンで、4万人以上の信者を集めて福音の集いが開かれます。
ポーランド共和国大統領の声明文の全文は、以下 (英語) : http://www.president.pl/en/news/art,143,-national-assemblys-session–on-the-occasion-of-the-celebration-of-the-1050th-anniversary-of-the-baptism-of-poland.html

ポーランド共和国外務省
広報官事務所


すでに三月から、記念年に関連した数多くの宗教的・文化的・社会的な催しがポーランド全土で企画実行されています。行事参加者のために、ポーランド国家の起源についての学会や、バチカン所蔵作品を展示する「Lux in Oriente – Lux ex Oriente(東方の光・東方からの光)――ポーランドとバチカン教皇庁の歴史1050年」やポーランド・キリスト教の始まりを紹介する「Expo Christianitais(キリスト教展)」のような展示が準備されました。ポズナンを訪れる見学者は、オストルフ・トゥムスキの地下にあるドブラヴァ公女の祠の一部を見ることができます。ポーランドの大聖堂に象徴的な十字を寄贈する計画もあります。キリスト磔刑像は、ポーランド国家の最初期に築かれた防塞に使われていた樫材の一部から作られます。今回の国家的催事は2016年11月まで続きます。

フランシスコ教皇は、ポーランドでの催事に関して特別の回勅を認め、「ポーランドという、高貴な民族の愛する息子たち、娘たちが、キリスト教受容1050年という美しい記念の年を盛大に祝っている国に」思いを致しながら、特別の祈りを捧げると述べています。

ポズナン大司教区も声明文を発表しました――「ポーランドのキリスト教受容1050周年は、教会史の端緒でありポーランド建国となった歴史的な出来事を振り返るだけでなく、この史実が現在と未来にとって何であったかについて思索することを促す機会なのです。」

966年4月14日、すなわち歴史上の初代ポーランド王ミェシュコⅠ世が洗礼を受けた日付は、ポーランド国家が打ち建てられた日と見なされています。ミェシュコⅠ世はキリスト教を受け容れることによって、他の欧州君主と対等になりました。キリスト教化のプロセスが進行した結果、聖職者たちがポーランドを訪れるようになり、彼らがキリスト教文化の揺籃期を担ったのです。ミェシュコⅠ世は、先にキリスト教国になっていたチェコ(彼の妻であったドブラヴァ公女の生地)を介して、洗礼を受けたのでした。

ポーランド共和国外務省
広報官事務所

 

「ポラニェ(ポラン族)の支配者とその宮廷人の洗礼式、すなわち、ポーランド民族の洗礼式は、復活祭の前夜(イヴ)にあたる966年4月14日に行われました。この行事は、ポーランドの諸民族がピャスト家の支配下に統一され、そして、私たちポーランド民族のキリスト教的な自己同一性(アイデンティティ)が確立していくうえで、決定的な意味を持ちました」――これは、2016年を「ポーランド洗礼1050周年」と定めるポーランド共和国下院の決議書の一節です。下院はまた、記念年の祝賀行事が、ポーランドの民族的共同体の統一と再建への機会となることへの希望を表明しています。同文書は、ミェシュコ1世が洗礼を受けたことの意味を強調し、かつ1998年2月14日にヨハネ・パウロ二世がポーランド司教団に述べられた、次の言葉に言及しています――「ポーランドは、西欧のキリスト教文化圏に入り、福音書を基盤に自らの将来を構築するようになりました。そのときから、私たちはヨーロッパ諸民族の「家族」の完全な一員となり、そのことに起因するすべての事柄を引き受けました。欧州の他民族とともに、私たちは豊かな歴史と文化の協働創造者であり、遺産継承者となったのです」
決議書は、2015年12月22日に、下院によって承認されました。下院議会に出席した全議員が決議書に賛成票を投じたのです。
「ポーランド洗礼1050周年」の全行事は、ポーランド共和国大統領アンジェイ・ドゥダ閣下の名誉後援の下で、執り行われます。
ポーランド洗礼記念年の中核を成す祝賀行事は、本年4月14-16日に予定されています。グニェズノ市(4月14日)とポズナン市(4月15-16日)で催されます。

 ポーランド地域のキリスト教化が1000年以上も前に始まったということ、そしてそれを推し進めた主体がラテン語典礼を持つ西方教会だったということは、ポーランドの――ひいてはヨーロッパの――人々や文化にとって決定的な意味を持つこととなった。
ポーランド語はスラヴ語でありながら、その文化はラテン語とその文化の圧倒的な影響の下に成長し、ポーランド文明も現在のEUにほぼ等しい文明圏の一部として発達してきた。EUの中でも、これほど古くから同じ国名を維持している国家は実はそれほど多くなく、その意味でポーランドはヨーロッパという共同体最古参のメンバー国の一つだと言ってもいい。と同時にキリスト教の防壁であり、ヨーロッパと非ヨーロッパの境に位置すると認識され続けたこの国は、ヨーロッパ人の自己認識や価値観、世界観を考える上でもとりわけ重要な材料を絶えず提供してきた。
ポーランドの歴史時代最初の君主ミェシュコが966年に受洗して1050年――この間ポーランドの地で、あるいはポーランドをめぐって、いかに様々な事象が起こり、人がいかに様々な表現をしてきたか、今年はここ日本でも改めてそれを顧みる好機だろう。

関口時正
特定非営利活動法人「フォーラム・ポーランド組織委員会」代表
東京外国語大学名誉教授

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