ポーランドについて

ヴィスワヴァ・シンボルスカ

ヴィスワヴァ・シンボルスカ

Wisława Szymborska

1923年7月2日クルニク(ポーランド近郊)生まれ、2012年2月1日クラクフで死去。詩人。

1945年に最初の詩「わたしは言葉を探す」を発表。さまざまな価値が混乱する終戦直後、20代半ばのシンボルスカは、社会主義に個人と社会の指針を求めた。48年と52年に詩集を刊行したが、「本当の」デビューは『雪男への呼びかけ』(1957)。2006年までに計9冊の詩集を出版した。死後、著者自身の編集による『詩選集』が刊行されたが、約400頁に200編余の詩が収録されている。

中高年期の詩作は、私的であることと思索的・哲学的であること、日常的であることと寓意的であることとのあわいに成立した。具体的状況の描写のなかに、箴言風の詩句が挟まれることが多い。世界の絶対的矛盾(部分⇔全体、例外⇔規則、孤立⇔参加、偶然⇔必然、個人⇔集団、具体⇔抽象、距離⇔関与)に鋭く感応する詩は、皮肉とユーモアに満ちていて優しい。そこに、ときに激しい弾劾の声をあげる、同時代の男性詩人たちとの違いがある。独特のスタイルを築き上げ(そこに、他の作家からの影響を認めるのは難しい)、文学グループに所属することもなかった。しかし、1980年代以降、国内外での評価は着実に高まり、最も多くの読者から愛され記憶されるポーランド詩人になった。

1996年ノーベル文学賞受賞。スウェーデンの賞選考委員会は、シンボルスカを、「詩歌のモーツァルト」、「言葉のエレガンスとベートーヴェンの激情とを調和させつつ、深刻な主題にユーモアをもって取り組む女性」と評した。

日本にも愛読者は多い。

詩人、小説家、評論家の池澤夏樹は、『終わりと始まり』に収録されている詩片を援用しつつ、東日本大震災後の状況への思いを『春を恨んだりはしない――震災をめぐって考えたこと』(中央公論新社、2011年)にまとめた。

 

〈日本語で読める作品〉

「笑い」「ユートピア」沼野充義訳、関口時正ほか訳『ポーランド文学の贈りもの』恒文社、1990年所収。

『終わりと始まり』 沼野充義訳 未知谷、1997年。

『橋の上の人たち』 工藤幸雄訳 書肆山田 1997年。

『シンボルスカ詩集』 つかだみちこ編訳 土曜美術社出版販売 1999年。