ポーランドについて

ラジミェシュ・クッツ

 

 

 

 

 

 

カジミェシュ・クッツ Kazimierz Kutz

 1929年2月16日、シロンスク県カトヴィツェ市ショピェニツェ生まれ。父親は、シレジア蜂起(1919年~1920年)でパルチザンとして活動したこともある鉄道労働者。
 第二次大戦後、ムィスウォヴィツェのギムナジウムを卒業。1949年にウッチ映画大学に入学。1954年に同校を卒業後、アンジェイ・ワイダ監督作『世代』(55)および『地下水道』(57)、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督作『影』(56)で助監督を務める。
 1959年に初の長編監督作『勇猛十字勲章』(未)を発表。第二作『沈黙の声』(60)は、当時のポーランド映画界にあって斬新な内容と語り口で公開時 に批評家を困惑させたが、現在本国では「ポーランド派」が産んだ最も独創的な傑作の一つとの評価が定まっている。第三作『列車の中の人々』(61)を監督 した後もコンスタントに作品を発表。映画の仕事と並行して舞台演出も積極的にこなすようになり、さらに戯曲のテレビドラマ化作品を数本監督している。
 1972年、カトヴィツェに映画製作プロダクション「シレジア(シロンスク)」を設立、1978年まで同プロダクションの芸術監督を務めた。また、1970年代には、公共テレビ局「ポーランド・テレビ」のカトヴィツェ支局長に就任。
 1981年に“連帯”の勢力拡大に伴って戒厳令が施行された際にはポーランド統一労働者党当局に拘禁されたが、間もなく釈放された。1981年から 1983年にかけて、カトヴィツェにあるシロンスク大学のラジオ・テレビ学部で教鞭を執る。1985年から1991年にかけては、クラクフにあるルドヴィ ク・ソルスキ演劇芸術アカデミーで演出を教えた。1989年に民主化が実現した後、「ポーランド・テレビ」クラクフ支局長に就任、1991年まで同職を務 める。
 約20本ほどの長編劇映画監督作中6本が故郷シロンスク地方を舞台としたものである──中でも有名なのが『黒土の塩』(70、未)、『冠の真 珠』(72、未)、『ひとつのロザリオの数珠玉』(80、未)からなるいわゆる“シロンスク三部作”──ばかりでなく、シロンスク地方の文化事業促進やシ ロンスク語の発展にも積極的に貢献するなど、名実共に同地方を中心としたポーランドを代表する文化人である。
 1997年には、オポレ大学で名誉学位を贈呈された。また同年、ポーランド共和国上院議員選挙に(「自由連合」カトヴィツェ選挙区より)立候補、約 50万人のシロンスク人に支持され当選。2001年には無所属で再選され、2005年に三期目の再選も果たした。その後、ポーランド共和国上院副議長に就 任。現時点で最後の映画監督作は、諷刺喜劇『クフャトコフスキ大佐』(95、未)。

 


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