ポーランドについて

イエジー・スコリモフスキ

Jerzy Skolimowski 


ポーランドの奇才と呼ばれ続けたイエジー・スコリモフスキ監督の最新作『エッセンシャル・キリング』は早い段階から話題になっていた。なにしろ主演がヴィンセント・ギャロなのだから。17年ぶりの監督作だった『アンナと過ごした4日間』がじんわりと観客を獲得していったのと違い、今度はいきなりヴェネツィア国際映画祭の審査員特別賞とギャロに主演男優賞をもたらしてしまった。記憶を辿ると、『アンナ〜』の取材時、映画の撮影場所となった森の近くの自宅の小屋周辺で映画を撮りたいと話していた。画家としても活動する彼が多くの絵を描く小屋の窓から見える風景とそこで起こる物語。そのあまりの規模の違いのためか、その話を思い出すのに少し時間がかかった。だが蓋を開けてみれば、映画はとてもシンプルだ。戦争状態の中東の砂漠地帯で1人の反政府兵かテロリストと思しき男が捕虜となる。攻撃された時の衝撃で男は耳が聞こえなくなったようだ。そして雪深い別の地へ連行される途中に事故にまぎれて逃走すると、男はひたすら自らの生存を賭けて逃げ続ける。全編台詞もなければ場所や状況の説明もない。自らの生存を妨げるものを乗り越えるために殺すだけだ。どこから来て、どこへ逃げるのかも関係なく、男はひたすら生きるために逃げる。それは"テロリズムと正義"の循環を端的に表しているようでもあるが、あえて多くは語られない。そこまでシンプルに留めることのできる勇気を持つ監督はそういないだろう。答えでもなければ、問題提起でさえなく、本人には、ただあるがままを撮ったに過ぎないと言われそうだ。そんな思いのまま、1年ぶりのインタビューに望んだ。
その他詳細は下記のリンクをご参照下さい:http://www.outsideintokyo.jp/j/interview/jerzyskolimowski/index2.html


エッセンシャル・キリング DVD

アフガニスタンの荒涼とした大地。上空を米軍のヘリコプターが飛行し、地上ではアメリカ兵が偵察活動を行なっている。ムハンマドはひとり洞窟の影にひそんでいた。彼は手にもったバズーカでアメリカ兵を吹き飛ばす。逃げるムハンマド。追うヘリコプター。彼はヘリに攻撃され倒れる。爆音で一時的に聴力を失くしムハンマドは、米軍の捕虜となったが……。 2011年度ミニシアター界最高の話題作、これは見逃せない!
 

Essential Killing DVD

"Essential Killing"

発売日:2012/01/28

http://instytut-polski.org/event-archives/archives-film/483/

 

紀伊國屋映画叢書・1『イエジー・スコリモフスキ』

遠山純生編/
A5判並製/256頁/定価2,310円(本体2,200円+税)
紀伊國屋書店出版部

http://www.eiganokuni.com/book/01skolimowski.html

 

 

イエジー・スコリモフスキ DVD-BOX (不戦勝/身分証明書/手を挙げろ!)

「アンナと過ごした4日間」のイエジー・スコリモフスキ監督の初期作品を収録。ウッチ映画大学の卒業製作映画にして初の長編映画でスコリモフスキ自身が主人公アンジェイを演じた「身分証明書」、「身分証明書」から六年後のアンジェイを再びスコリモフスキ自身が演じた「不戦勝」、主人公アンジェイを三度演じた長編第五作「手を挙げろ!」の3作品を収録。
発売日:2010/10/30

 

http://forest.kinokuniya.co.jp/ItemIntro/643270

 

 

ンナと過ごした4日間 DVD

監督: イエジー・スコリモフスキ
独身の中年男と過去をもつ若い女性看護師の切なくも哀しい恋を描いた本作は、極端に省略されたセリフ、絵画的な映像美、心地よい音響設計で非の打ち所がないほど完璧に構築された究極のラブストーリー。限られた登場人物、無名の俳優を起用し、どことも知れぬ無国籍な街並みを舞台に人が人を愛することの困難さ、愛の不確実さを主題にしたこの映画は、本物だけに許された大きな感動を私たちに呼びおこす。
発売日:2010/05/29

http://forest.kinokuniya.co.jp/ItemIntro/626147

 

 


エッセンシャル・キリング

 
原題: Essential Killing
2010/ポーランド・ノルウェー・アイルランド・ハンガリー

 
監督:イエジー・スコリモフスキ
脚本:イエジー・スコリモフスキ & エヴァ・ピャスコフスカ
撮影:アダム・シコラ
編集:レーカ・レムヘニュイ 
美術:ヨアンナ・カチンスカ
音楽:パヴェウ・ミキーティン

ドルビーデジタル/83分/英語・アラビア語・ポーランド語/日本語字幕

配給: 紀伊國屋書店、マーメイドフィルム 
公式HP: http://www.eiganokuni.com/EK/


公開日:東京では7月30日より

             大阪では8月20日より

             名古屋では10月15日より

 more: http://www.eiganokuni.com/EK/theater.html


 

アンナと過ごした4日間

監督: イエジー・スコリモフスキ
製作国: ポーランド/フランス
製作年: 2008年
上映時間: 94分
言語: ポーランド語(日本語字幕)   

東京
2011年05月27日 (金) 19:00
2011年05月28日 (土) 17:00
京都
2011年06月02日 (木) 16:00
2011年06月02日 (木) 19:00
岡山
2011年06月19日 (日) 16:30
高松
2011年06月26日 (日) 16:00

http://eufilmdays.jp/film/cztery-noce-z-anna-four-nights-anna

 

『アンナと過ごした4日間』 DVD 5月29日発売
 

http://www.eiganokuni.com/dvd.html

スコリモフスキ監督の60年代の傑作劇場公開

『身分証明書』 Rysopis 1964年

『不戦勝W』 Walkower 1965年

『バリエラ』 Bariera1966年

『手を挙げろ!』 Rece do gory! 1967年

東京 シアターイメージフォーラム 5月29日~6月11日 http://www.eiganokuni.com/skolimowski/

札幌 シアターキノ  6月26日 http://theaterkino.net/

名古屋 シネマテーク 6月26日 http://cineaste.jp/

大阪 シネ・ヌーヴォ 6月26日 http://www.cinenouveau.com/

京都 京都みなみ会館 7月17日 http://www.rcsmovie.co.jp/minami/

http://www.eiganokuni.com/skolimowski/

 


イエジー・スコリモフスキ  Jerzy Skolimowski

 1938年5月5日、ウッチ生まれ。第二次大戦中、ナチ占領下のワルシャワで幼少期を過ごす。子どもの頃は病弱で、占領期間はほとんどベッドの上で過ご していた。父親は技師、母親は教師を職業としていたが、戦争中は両親共にレジスタンス運動に身を投じていた。父親は、ナチに逮捕され1943年に強制収容 所のガス室で処刑される。母親は逃亡中のユダヤ人を自宅にかくまった。
 1947年、母親がプラハのポーランド大使館に文化担当として赴任したため、彼女と共にプラハへ移住。同地のギムナジウム(寄宿制の男子校)で学ぶ。 1951年にポーランドへ戻り、ワルシャワの中等学校に編入される。1953年にワルシャワ大学歴史学部物質文化史コース(1958年に「民俗学研究所) と改称)に入学、民俗学を学ぶ。同大学の卒業試験はすべて合格だったにも関わらず、卒論を書かなかった。またこの時期に詩作とボクシングに熱中。同時に ジャズに魅了され、ジャズピアニスト兼作曲家クシシュトフ・コメダのグループにも参加し、照明助手を務めた。自らドラムスも演奏していた。
 1958年には第一詩集を刊行。翌1959年には第二詩集と戯曲を発表し、「作家同盟」の一員となる。この「作家同盟」で映画監督アンジェイ・ワイダお よび作家イエジー・アンジェイェフスキと出会い、この二人に頼まれてワイダ監督作『夜の終りに』(60)の脚本執筆に参加。同作に若いボクサー役で出演す る。
 さらに、ワイダの勧めでウッチ映画大学に入学(1964年まで在籍)。1961年夏、ロマン・ポランスキーと共同でポランスキー監督作『水の中のナイ フ』(62)の脚本を執筆。また同校で、教師を務めていたアンジェイ・ムンクと親しくなる。在学中、長編第一作『身分証明書』(64)を監督。この作品は ウッチ映画大学の課題短編作品製作用フィルムをつなげて一つにしたものだった。卒業後、さらに三本の映画をポーランドで監督。その三本『不戦勝』 (65)、『バリエラ』(66)、『手を挙げろ!』(67~81)は、順応を求めるポーランド社会に対する、未熟な主人公による勝ち目のない闘争を描いて いる点で、『身分証明書』の続編あるいは姉妹編とみなしうる。また、『バリエラ』以外の作品に、すべて自ら主演した。ポーランド政府に対する公然たる反抗 を意図した『手を挙げろ!』は公開禁止処分を受けたため、同作が公開されるまでポーランドでは二度と映画を作らないと明言。『バリエラ』完成後の1965 年、同作の主演女優ヨアンナ・シュチェルビツと結婚。
 初めて外国で監督した低予算のベルギー映画『出発』(67)はベルリン映画祭で金熊賞を受賞。以後、ナポレオン戦争を背景としたアーサー・コナン・ドイ ルの小説に基づく英=スイス合作映画『ジェラールの冒険』(70、テレビ放映のみ)、オリジナル脚本による小規模な西独=英合作映画『早春』(70)、ウ ラジーミル・ナボコフの同名小説に基づく西独=米合作映画『キング、クイーンそしてジャック』(72、未)を発表。
 1973年から1977年にかけて、英国とポーランドを行き来しつついくつかの新作の構想を練ったが、いずれも完成には至らなかった。その後久しぶりに、超常現象を主題としたロバート・グレイヴズの小説に基づく英国映画『ザ・シャウト』(78、Vのみ)を発表。
 1981年秋には、一家で本格的にポーランドを離れてロンドンに移住。同時期に『手を挙げろ!』が封印を解かれ、上映に合わせて新たに約25分のプロ ローグを撮り足す。その後発表した英国映画『不法労働』(82、未)で、オリジナル脚本による個人的な主題を扱った映画作りに戻る。続いて再び個人的な主 題を扱った英=仏合作映画『成功は最高の復讐』(84、未)の興行的失敗により、製作資金の担保にしていたロンドンの自宅を失ったため、妻子と共に合衆国 カリフォルニア州サンタ・モニカに移住。ジークフリート・レンツ原作の海洋スリラーにして初の米映画『ライトシップ』(85)、ツルゲーネフの同名小説に 基づく仏=伊合作映画『春の水』(89、未)を発表。同年に東西冷戦が終結した後、1991年に故国ポーランドで約14年ぶりに撮影を敢行した、ヴィトル ト・ゴンブローヴィチ原作のポーランド=英=仏合作映画『30 ドア 鍵』(未)を監督。以後16年間映画作りから遠ざかる。  1996年にシュチェルビツと離婚。同じ頃、マリブに新たな家を購入し、移り住んだ。また、この頃から画家として積極的に活動を始め、世界各地で個展を 開く。
 2003年にエヴァ・ピャスコフスカと再婚。以後、ポーランド=仏合作映画『アンナと過ごした4日間』(08)、ポーランド=ノルウェイ=アイルラン ド=ハンガリー合作映画『エッセンシャル・キリング』(10)(主演はヴィンセント・ギャロと、現ポランスキー夫人のエマニュエル・セニエ)等を監督。現 在、ポーランドのヴァルミア=マズールィ県に在住。
 また、東西冷戦を背景にし、亡命ロシア人ダンサーを主人公とした『ホワイトナイツ/白夜』(テイラー・ハックフォード、85)、犯罪喜劇『ビッグ・ ショット』(ロバート・マンデル、87)、SF喜劇『マーズ・アタック!』(ティム・バートン、96)、レイナルド・アレナス原作の『夜になるまえに』 (ジュリアン・シュナーベル、00)、ファンタジー活劇『アヴェンジャーズ』(ジョス・ウェストン、12)といった米映画のほか、西独=仏合作映画『偽 造』(フォルカー・シュレンドルフ、81、未)、仏=英=フィンランド合作映画『Go! Go! L.A.』(ミカ・カウリスマキ、98)、英=米=カナダ合作映画『イースタン・プロミス』(デイヴィッド・クローネンバーグ、07)等、自作以外の映画 にも俳優として出演している。

 

 


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