ユリウシュ・スウォヴァツキ Juliusz Słowacki

ユリウシュ・スウォヴァツキ Juliusz Słowacki

ポーランドを代表するロマン派詩人・劇作家の一人。

生涯と作品
1809年9月4日ヴォウィン地方クシェミェニェツ生まれ。1849年4月3日パリ没。母サロメアの再婚相手がヴィルノ大学教授だったことから知識人らとの交流の中で育ち、アダム・ミツキェーヴィチ、ヨアヒム・レレヴェルらとも面識を得た。ヴィルノ大学で法学を修め、財務省官吏として務めた後、革命政府の外交使節としてドレスデンを経てロンドン、パリへ派遣され、以後パリに永住した。1832~36年のジュネーヴに滞在中アルプス山脈の自然に大きな影響を受ける。1836年ローマ滞在中にはズィグムント・クラシンスキと知り合う。彼はその後長年、スウォヴァツキの作品の善き読者であった。1836~37年にかけて、ギリシャ、エジプト、パレスチナを巡ったが旅行中に体感したエキゾチシズム、神秘的経験は後の作品に投影されている。1842年、パリでアンジェイ・トヴィアンスキと知り合い、短期間彼の神秘主義グループに属したが、ほどなく決別した。その背景にはミツキェーヴィチとの確執もあった。自身の思想的・社会的見地に基づいた政治的行動も試みたスウォヴァツキだが、多くは実を結ばなかった。諸国民の春に呼応して既に重く患っていた結核をおしてポズナンに赴き、パリへ戻って間もなく死去、モンマルトル墓地に埋葬された。

11月蜂起最中に発表した愛国的作品はスウォヴァツキに一定の名声をもたらした。1832~33年にかけてパリで詩集を出版するも、以前書かれた作品を主に収録した詩集は亡命ポーランド人らの関心をあまり集めることはなかった。すでにミツキェーヴィチが国民的詩人とされていたこと、もっぱら政治的問題に人々の関心が集まっていたことなどが背景にある。彼の作品は「神不在の美しい教会である」などと評された。スウォヴァツキの詩はロマン派の無数の詩人の中でも傑出した存在ではあったが、生前に出版された作品は多くなく、広く読まれることはなかった。彼の作品はバラエティに富み、フレーズの豊かさや新語の発明、美的感覚に優れている点などが特徴としてあげられる。

主な作品は以下のとおり(いずれも日本語は未刊。2016年現在):

Oda do wolności – 1830
Godzina myśli – poemat autobiograficzny – 1832
Kordian – dramat – 1834
Balladyna – dramat – 1834
Anhelli – poemat prozą – 1838
Testament mój; Lilia Weneda – dramat
Podróż do Ziemi Świętej z Neapolu – poemat – 1840
Beniowski – poemat dygresyjny – 1841
Sen srebrny Salomei – dramat – 1843
Genezis z Ducha – poemat prozą – 1844