ヤン・プタシン・ヴルブレフスキ Jan Ptaszyn Wróblewski

ヤン・プタシン・ヴルブレフスキ Jan Ptaszyn Wróblewski

サックス奏者、作曲家、編曲家、指揮者。1936年3月27日カリシュ生まれ。

幼少時から学校でピアノ、クラリネット、トランペットなどを学び、音楽に親しむ。ポズナニの大学で農業を学んでいた頃、アマチュアのジャズ・バンドを結成。同時期にヴァイブラフォン奏者Jerzy Milianのグループに参加したことがきっかけで、ピアニストKrzysztof Komedaがはじめて結成するセクステットの一員として誘われる。1956年に同セクステットのメンバーとして第一回Sopot Jazz Festivalに出演したことが実質的プロ・デビューとして知られている。以後2年間コメダ・バンドのバリトン・サックス奏者として国内各地をツアーする。

1958年にアメリカの音楽プロモーターGeorge WeinがオーガナイズするNewport Jazz FestivalのプログラムNewport International Youth Bandの一員として参加・出演し、アメリカで演奏した最初のポーランド人ジャズ・ミュージシャンとして歴史に記録された。この時の演奏は音楽ドキュメンタリー映画『真夏の日のジャズ』にも映像として残っている。また1963年にはコメダの『Ballet Etudes』のコペンハーゲンのレコーディングに参加した。

1960年代前半からポーランド国営ラジオ放送オーケストラの総監督に就任し、精鋭ミュージシャンたちのオーガナイザー、アレンジャー、指揮者、作曲およびサックスの演奏でその才能を発揮。ジャズに限らず数多くのアルバムのレコーディングに参加した。リーダー作には『Sprzedawcy glonów』『Z lotu Ptaka』などがある。また1970年からはポーランド国営ラジオ放送チャンネル3のジャズ番組のディスク・ジョッキーとしても活躍し、ジャズ文化の普及に多大な貢献を果たした。この時期の彼のビッグ・バンド録音は世界中のDJにも高く評価されており、各地クラブで今もプレイされ続けている。他にコンボ編成のレコーディング、リリースも行っている。

90年代以降はまだ10代だったベーシストSławomir KurkiewiczやドラマーMichał Miśkiewiczをバンド・メンバーに起用するなど、若手世代の教育に力を入れている。また近年はピアニストWojciech Niedzielaらとのジャズ・コンボ作品のリリースが中心となっており、依然現役ミュージシャンとして活躍中である。