イェジ・"デゥデゥシ"・マテゥシキェヴィチ Jerzy "Duduś" Matuszkiewicz

イェジ・”デゥデゥシ”・マテゥシキェヴィチ Jerzy “Duduś” Matuszkiewicz

サックス奏者、作曲家。1928年4月10日ヤスウォ生まれ。ポーランド映画協会会員。1945年第二次世界大戦終戦にともないクラクフに移住し、アルト・サックスとクラリネットを学びはじめる。1947年にアコーディオン奏者・作曲家のKazimierz Turewicz率いるビッグ・バンドのメンバーに木管楽器奏者として参加する。1948年にはYMCAクラクフで「ジャズ・クラブ」を創設するが、映画を学ぶため翌年ウッチに移住した。映画人としてのキャリアでは、イェジ・カヴァレロヴィチ監督の『影 Cień』にチーフカメラマンとして参加していることが知られている。

ジャズを演奏するウッチ映画大学の学生Witold Sobocińskiらにより1947年に結成されたスウィング・ジャズ・バンドMelomaniに1949年に加入。クラクフからAndrzej Trzaskowskiをピアニストとして迎えるなど、1950年にメンバーを大幅に入れ替えたのちMelomaniの新しいリーダーに就任。同バンドはポーランド国内の各所で演奏する人気ジャズグループとして若者たちの間に広く知られるようになる。1956年には第一回Sopot Jazz FestivalにMelomaniとして出演し、Matuszkiewiczは同フェスティヴァルの歴史上最初にアドリブ・ソロを演奏したミュージシャンとして記録に残された。MelomaniはTrzaskowski、Krzysztof Komeda、Andrzej Kurylewicz、Zbigniew Namysłowskiら優秀なジャズ作曲家を世に送り出し、1964年に解散した。

Melomani解散後Matuszkiewiczは映画音楽の作曲家として本格的に活動を開始。100本近くにのぼる映画作品で音楽を制作している。